« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年10月

鳥の調査に行きました。

昨日も今日も素晴らしい秋晴れ。11月にもなると北陸は冷雨続き

の暗鬱な日々が続くので、この小春日和の季候はほんとに嬉しい。

昨日はU先生と、越前海岸近くの山地に鳥の棲息調査に出かけま

した。今度、野鳥の会支部で探鳥地100選のガイドブックを出版する

ので、それのための調査です。今年は寒暖の差がゆるく、冬鳥の渡り

が緩慢というかだらだらしているのではないかとのこと。アトリの小群、

アオジ、ヒガラなどの冬鳥が少し確認出来ただけ。夏鳥の残留個体は

見れませんでした。又出直しです。写真を何枚か撮れたのでこれが収

穫でしよう。U先生は退院後始めての山歩きなので、紅葉した林の中を、

落ち葉を踏みしめながらゆっくり歩いた今日の一日は、殊のほか楽し

かった様子でした。

素敵な映画を観て来ました。

ジャック・ペラン監督の「幸せはシャンソニア劇場から」を観に行き

ました。かって観た彼の映画「コーラス」に劣らない感動を得ること

が出来ました。1936年ころの時代背景。世界恐慌の波の中で、そ

してファシズムの台頭が忍び寄るそんなパリの下町で、人々に夢

と生きる希望をと、必死で灯をともし続けようとささえ続ける仲間た

ちの生き様をあたたかく描いています。ジェラール・ジュニョは「コー

ラス」、「パテイニョールおじさん」でもおなじみの名優。大好き。

帰路の車の中で友と語ったのだけど、日本人とフランス人のファッシ

ズムに対する考え方、対応の大きな違い。体制に容易に流されて一

色に染まる民族と、多様な考え方があって当然で、それもインテリだ

けじゃなくシソウとかガクモンにあまり関係ない人々が自己の信念を

きっちり持っている民族。この違いは何ゆえなんだろうか。いくつか

観てきたパリ解放を描いた映画をもう一度観てみたいものです。

娘一家の引越し

昨日まで5日間、東京に住む娘一家の引越しの手伝いをしてきました。

今まで住んでいた所は杉並の神田川沿いのとても緑の多い所。井の頭

公園も自転車でよく行っていたものです。春は桜の大木が花をたわわに

咲かせて、それは見事な眺めでした。近くに栗畑もあり、これが東京?と

びっくりしたものです。今度は埼玉の自宅に戻ったのですが、高層マンシ

ョンが立ち並ぶ、機能一辺倒の町並み。人間が快適に生活するには、ど

うしても自然が豊かであることが一番必要だと思いました。一般の市民が

都会にいてそれを手にしようとすると、高額な資金がなくては出来ない相談。

娘たちは時々実家に帰れば、田舎の生活が出来るわけだからまだ恵まれ

ている方でしょう。工夫しながらなんとか快適な生活を送って欲しいと願って

います。それにしても、たくさんの品物を捨てました。物に囲まれて暮らして

いたその始末がたいへんでした。自分も含めてもっと簡素に、質素に暮らさ

なくてはと強く思いました。いつか長崎で見た、永井隆博士の如己堂が強く

心によみがえります。2畳一間で、お子達2人と暮らされたあの空間。あんな

には出来ないけれど、いつも忘れないでおこうと思います。

P2009_1011_092758 芦生の森で辺りを睥睨する大栃

2日前に日本列島を縦断した台風も過ぎ去り、時々通り雨が残った

けれど、まあまあのお天気。10日から2日間京都府美山の京大研究

林芦生の森を訪ねる旅に出ました。以前何度も行ったのはほんの表

玄関までだったのかと思うほど奥深い森が広がり、ガイドの案内で核

心部まで分け入り、縦横に歩きまわりました。由良川の源流部を幾度

も渡渉し、トチ、カツラ等の大木が聳える河原は、先の大風で落果した

クルミやトチ、クリなどの実が大量におちていました。これらの果実は

9割がた動物に食べられてしまうとのこと。ここに住む生き物の豊富さ

がしのばれます。ザブザブと川を渡り、由良川の源頭点まで案内して

もらったのですが、ほんとにそれは大河の一滴。崖地をしたたる水が

ほかの谷々から寄り集まり、滔々と流れる大河になり、日本海にいき

つくのを思うとなんだか感動しました。

 200年、300年と生きた巨木には、クマやリス、ムササビ、ヘビそして

フクロウやアオバズクやもっと小さな野鳥たちが訪れて、きっと会話を

交わしたりしているのだろうな。芦生の森ってほんとにいいところだな~。

父の死

約3年間老健施設で介助を受けながら、日を送っていた父が、誤飲

と肺炎を併発して急遽入院。50日の闘病を経てなくなりました。

齢89歳。大往生といえるでしょうが、最後は呼吸困難に苦しむ日々

でした。人生最期のときを細々と息を続けているのを見るのはつら

いものでした。青年期は日中戦争、太平洋戦争に翻弄されて、戦後は

家族のためひたすら働き続けた人生。でもその中で、子供たちの成長

に喜びや張合いを見出して幸せだったと思います。「とうちゃん、ご苦労

様でした」

通夜、葬式といった流れの中で思ったのは、親戚がわさわさ集まり業

者のプログラムに沿ってひたすら落ち度なくセレモニーを執り行う事が

最重要課題。その合間に時々悲哀が噴出すといった感じ。十分生きて

順序どおりなくなることは、素直に受け入れられるのだなと思いました。

弟が57歳で、ガンで死亡したときとは大きな違いです。

時々あなたのことを思いしのびます。安らかに眠ってください。

                             平成21年10月7日

« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »